【 story3 】 回復期リハ 自分が受けたい看護①
川島 順子
看護師歴40年
西淀病院15年
小児科、透析経験後、回復期リハ病棟
●2000年に新たにできた回復期リハビリテーション病棟は、
命の危機を脱してもまだ医学的・心理的サポートが必要な患者さんに
自然回復を促す環境を提供する病棟です。
西淀病院では、5割が脳卒中、5割が骨折などの整形外科疾患の、
専門的なリハビリを中心に行なっています。
回復期における看護で最も大切なのは「待つ」こと。
患者さんが自分自身でできることは何かを見極め、
転倒などの事故が起こらないよう
安全を確保することが看護師の大きな役割です。
〈 「待つ」「寄り添う」看護 〉
「待つ」ことの難しさを指摘するのは、
この病棟に来て看護師歴15年目の川島看護師。
「待たずに手伝う方が、私たちの仕事ははかどります。
でも、それは自分でやろうとする力の芽を摘んでいることなんです。
傍らで声をかけながら、手を出したくなるのを必死にこらえて
笑顔をつくっています。」
そんな時にも気をつけいていることは
「何を優先すべきかの判断」だと言います。
時間的な制限がある中、靴ベラなどの補助道具も使いながらも、
「できる限り待つ」。
途中でナースコールが鳴った時にどうするか。
『ごめん今日はちょっと手伝うね』
どこまで待つか。
ここにも大変な努力が求められます。
「患者さんの気持ちになってください。
あなたならどういう風にしてほしいと思う?」
「想像してみてください」
「自分が受けたい看護を考えたら、
きっと相手にできるはずです」
これは、よく川島看護師が
悩んでいる新人たちにかける言葉です。
その後を見ていると、やっぱり目線も下げて話もでき、
プライバシーも守られていました。
この延長線上で、病棟の看護師たちは
いつでも患者さんの気持ちに寄り添うことを心がけています。
〈 やっぱり「ありがとう」が頑張る力 〉
川島看護師にとって忘れられない患者さんは、
42歳で脳出血を起こしたAさんでした。
ガレージで倒れているところを発見され、
一命は取り留めたものの失語症になった彼。
全く言葉が出ないからこそ、
逆に川島看護師は毎朝
「おはよう!」「おはよう!」と
くどいほど元気に声をかけ続けました。
「頑張り屋さんだということは分かったので、
会えば必ず声をかけて、返事をくれるまで喋り続けました。
リハビリに行きたくないという時も
『今のうちにやらな動けんようになるから!』と
車いすに乗せて連れて行ったり。
その彼が退院する時、なんと
『あ・り・が・と』と言ってくれたんです。
それは私にとって何にも変え難い感動でした。」
しかし、どこの病棟でもこんな看護ができるわけではありません。
「どんどん手を出さなきゃいけない救急病棟から来たら、
最初は衝撃的かもしれんね。」
西淀病院では、何年かの勤務経験後に
他の病棟で数ヶ月間経験する研修があります。
違う目線や看護に対する構えなど再発見してもらう目的です。
そして、ここを経験した急性期病棟の看護師は
「やっぱり『待つ看護』ってスゴイ」と感動を口にします。
今ではリハビリ病棟の経験を活かし、
急性期病棟でもレクリエーションの取り組みが始まっています。
次回へつづく…